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中国・韓国・北朝鮮を巡る特亜ニュース

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455名無しさん???v 2017/05/14 19:37

>>453
【韓国】吉田清治氏の慰安婦「謝罪の碑文」の書き直し 「張本人が長男と分かり衝撃」 韓国紙の電子メディア 主要紙は報じず

 【ソウル=名村隆寛】韓国紙、中央日報(電子版)は13日までに、朝鮮半島で女性を強制連行したと偽証した吉田清治氏(故人)の長男が、父親が韓国・天安市の国立墓地「望郷の丘」に建てた「謝罪碑」の碑文の説明も虚偽だとして、関係者を通じ碑文を書き直していたとの産経新聞(12日付)の報道を引用して伝えた。

 同紙は「『日帝強制徴用謝罪碑』を慰霊碑に変えた張本人が、ほかでもなく吉田の長男ということが分かり、衝撃を与えている」と報じた。

 産経新聞の報道について中央日報は電子版のみで伝えた。他の韓国主要各紙も紙面上で報じていない。

産経新聞
http://www.sankei.com/world/news/170513/wor1705130029-n1.html

関連:父親の汚名を晴らすために戦った天児都さん

「従軍慰安婦」という言葉は戦後、作られた造語だということを知っていますか? 「従軍」というのは軍隊に所属している、いわゆる「軍属」のことです。軍属の人たちは軍と行動を共にして、軍から給与をもらいます。亡くなれば軍人同様、靖国神社に祀られます。しかし「従軍看護婦」はいても「従軍慰安婦」なんて存在しなかったのです。では、「従軍」と「慰安婦」を結びつけるという発想は誰が考え出したのでしょうか? それはなんと! 千田夏光という日本人なのです。

 1973年、千田夏光氏は『従軍慰安婦』という本を出版しました。今から40年以上前のことです。これが今に至る「慰安婦問題」のそもそもの始まりです。では、千田夏光は「従軍慰安婦」という発想をどこから得たのでしょうか? それは麻生徹男さんという産婦人科医との出会いからだったのです。麻生さんは昭和12年から16年まで、中国大陸の戦線で軍医をなさっていました。慰安所で働く女性の定期検診や衛生管理をするかたわら、趣味の写真を撮っていました。麻生さんは約1400枚もの写真と当時の慰安婦たちの記録を残されています。麻生さんはあくまでも医者の目線で写真を撮っていたわけですが、それが今、韓国のソウルにある「女性と人権博物館」や「ナヌムの家」などで勝手に使われて展示され、日本政府を糾弾する「証拠」に悪用されてしまっています。

 そして、麻生さんは韓国と反日日本人たちによって「慰安婦を強制連行した首謀者」だとか「慰安所を作った張本人」という、とんでもない汚名を着せられてしまったのです。反論しようにも麻生さんはもう亡くなってしまっています。しかし、麻生さんの娘さん、天児都(あまこ いく)さんは父親の汚名をそのままにはしておきませんでした。

 天児都さんも産婦人科医です。天児都さんはお父様の残した資料を整理して1993年、『上海から上海へ』(石風社)という本を出版されました。また『慰安婦と医療のかかわりについて』(梓書院)という本も出されています。当時、従軍慰安婦の存在を否定するような本を出すことはとても勇気のいることだったと思いますが、この本を出したことによって世論は明らかに変わったそうです。やはり事実を記録した本の持つ重みは分かる人には分かるのです。
http://blog.livedoor.jp/hanadokei2010/archives/4097819.html

中国・韓国・北朝鮮を巡る特亜ニュースNo.1名無しさん?J???????v01/08 05:12返信
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