>>432続き そのうちに、ニューヨークのワールド・トレード・センターに航空機が飛び込む9・11米国同時多発テロが発生し、アフガニスタンにおけるタリバン掃討作戦から、イラク戦争に至っても、この裁判は延々と続いた。 やがて、検察側立証が終了し、弁護側の立証に入ったところで、裁判長が交替。 ところが、無罪を主張する被告人にとっては、反証の場が与えられたというのに、被告人質問に臨んでも、弁護人の問いかけにも一切答えようとしなかった。 挙げ句には、弁護人が代わる代わる立ち上がっては、かつて被告人の意向を無視したことを懺悔して詫びる有様だった。 そんな弁護人の問いかけにも、最後に小川裁判長が意思確認をしたところでも、まったく一言も発しなかった。 この被告人は、7年10カ月のうちの6年以上を、誰とも会話をせずに過ごしてきたことになる。 それはそれで、たいしたものだと感心するところでもあった。 やはり、それだけ宗教家として修練された精神を持ち合わせているのか。 それとも、教団でやりたい放題から、周囲に無視され、死刑が差し迫る疎外感、恐怖感から、時間の経過と共に、言葉も発せないほどに、どこか壊れてしまったのか。 そんな長期裁判終盤の被告人を評して、小川裁判長がこう言ったことがある。 麻原シンパの弟子が弁護側の証人として呼び出され、教祖に遠慮して証言すべきかどうか、法廷で迷ってみせた時のことだった。 自分がここで証言したほうがいいのか、それとも拒否したほうが教祖の教えに沿うことになるのか、本人に意思を確認してくれ、と懇願したのだ。その意向を汲んで、弁護人が麻原に優しく尋ねるも、相変わらず心ここにあらずと無視する。 その時、裁判長がぽつりと言った。「最近、何を聞いても答えない」 それを受けてすかさず弁護人が、「検察側の証人尋問で有利なことを言わないから、寝ている時もあれば……」と証人に言いかけると、これを遮るように再び小川裁判長が言葉を継いだ。「証言はちゃんと聞いていますよ。寝ていることもあれば、聞いている時もある」裁かれる13の事件 その裁判長が判決を読み上げていく。 それも、どこか早口で。 裁かれる事件だけで13もある。その事実認定と、被告人、弁護人の無罪主張に対して、検討を加えていかなければならない。先を急がないと、1日で判決の言い渡しが終わるかどうかもわからない。 主文を後回しにした判決は、教団の成立からはじまって、時系列に沿って最初の殺人事件から検討を加えていく。89年2月に発生した最初の信徒殺害事件(田口修二さん殺害事件)、同年11月の坂本弁護士一家殺害事件、それから教団が武装化していく過程に触れ、サリンプラントを建設したこと(殺人予備罪)、教団で生成したサリンを使って引き起こした松本サリン事件、自動小銃製造、そして再度の信徒リンチ殺害事件(落田耕太郎さん殺害事件)にまでたどり着いて、判決の言い渡しは昼の休廷に入ってしまった。鼻を鳴らして唸ってみせたり、意図的ににんまりと笑ったり 死刑も予想される判決の言い渡し中に昼食を取る、というのもはじめての経験だった。 もっとも、この時点で裁判所が言及した事件の全てにおいて「弁護人の意見は受け入れられない」「弁護人の主張は採用できない」と、無罪主張をことごとく退けていっていた。あらかたの予測はついていた。 そんな場面での中断で、被告人は食事が喉を通るものだろうか。 ちょっと残酷なような気もしながらランチをとって午後の法廷に戻ると、相変わらずの教祖の姿があった。鼻を鳴らして唸ってみせたり、意図的ににんまりと笑った表情を浮かべてみせたりしている。 判決は続く。 時間を追って、教団が犯していった事件に言及していく。 そうして95年3月の地下鉄サリン事件にまでたどり着いた。 無罪主張は全てにおいて否定され、そして、教団の主宰者である被告人が事件の首謀者であることを認定していた。
>>432続き
そのうちに、ニューヨークのワールド・トレード・センターに航空機が飛び込む9・11米国同時多発テロが発生し、アフガニスタンにおけるタリバン掃討作戦から、イラク戦争に至っても、この裁判は延々と続いた。
やがて、検察側立証が終了し、弁護側の立証に入ったところで、裁判長が交替。
ところが、無罪を主張する被告人にとっては、反証の場が与えられたというのに、被告人質問に臨んでも、弁護人の問いかけにも一切答えようとしなかった。
挙げ句には、弁護人が代わる代わる立ち上がっては、かつて被告人の意向を無視したことを懺悔して詫びる有様だった。
そんな弁護人の問いかけにも、最後に小川裁判長が意思確認をしたところでも、まったく一言も発しなかった。
この被告人は、7年10カ月のうちの6年以上を、誰とも会話をせずに過ごしてきたことになる。
それはそれで、たいしたものだと感心するところでもあった。
やはり、それだけ宗教家として修練された精神を持ち合わせているのか。
それとも、教団でやりたい放題から、周囲に無視され、死刑が差し迫る疎外感、恐怖感から、時間の経過と共に、言葉も発せないほどに、どこか壊れてしまったのか。
そんな長期裁判終盤の被告人を評して、小川裁判長がこう言ったことがある。
麻原シンパの弟子が弁護側の証人として呼び出され、教祖に遠慮して証言すべきかどうか、法廷で迷ってみせた時のことだった。
自分がここで証言したほうがいいのか、それとも拒否したほうが教祖の教えに沿うことになるのか、本人に意思を確認してくれ、と懇願したのだ。その意向を汲んで、弁護人が麻原に優しく尋ねるも、相変わらず心ここにあらずと無視する。
その時、裁判長がぽつりと言った。
「最近、何を聞いても答えない」
それを受けてすかさず弁護人が、「検察側の証人尋問で有利なことを言わないから、寝ている時もあれば……」と証人に言いかけると、これを遮るように再び小川裁判長が言葉を継いだ。
「証言はちゃんと聞いていますよ。寝ていることもあれば、聞いている時もある」
裁かれる13の事件
その裁判長が判決を読み上げていく。
それも、どこか早口で。
裁かれる事件だけで13もある。その事実認定と、被告人、弁護人の無罪主張に対して、検討を加えていかなければならない。先を急がないと、1日で判決の言い渡しが終わるかどうかもわからない。
主文を後回しにした判決は、教団の成立からはじまって、時系列に沿って最初の殺人事件から検討を加えていく。89年2月に発生した最初の信徒殺害事件(田口修二さん殺害事件)、同年11月の坂本弁護士一家殺害事件、それから教団が武装化していく過程に触れ、サリンプラントを建設したこと(殺人予備罪)、教団で生成したサリンを使って引き起こした松本サリン事件、自動小銃製造、そして再度の信徒リンチ殺害事件(落田耕太郎さん殺害事件)にまでたどり着いて、判決の言い渡しは昼の休廷に入ってしまった。
鼻を鳴らして唸ってみせたり、意図的ににんまりと笑ったり
死刑も予想される判決の言い渡し中に昼食を取る、というのもはじめての経験だった。
もっとも、この時点で裁判所が言及した事件の全てにおいて「弁護人の意見は受け入れられない」「弁護人の主張は採用できない」と、無罪主張をことごとく退けていっていた。あらかたの予測はついていた。
そんな場面での中断で、被告人は食事が喉を通るものだろうか。
ちょっと残酷なような気もしながらランチをとって午後の法廷に戻ると、相変わらずの教祖の姿があった。鼻を鳴らして唸ってみせたり、意図的ににんまりと笑った表情を浮かべてみせたりしている。
判決は続く。
時間を追って、教団が犯していった事件に言及していく。
そうして95年3月の地下鉄サリン事件にまでたどり着いた。
無罪主張は全てにおいて否定され、そして、教団の主宰者である被告人が事件の首謀者であることを認定していた。