>>289遣唐使は朝貢を納める使節団なので残念ながら対等の立場とは言えないなので『承認』というのも十分あり得る話なのだがしかしながら>奴国王や邪馬台国の女王卑弥呼、倭の五王が中国王朝の臣下としての冊封を受けていたのに対し、遣唐使の時代には日本の天皇は唐王朝から冊封を受けていない。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A3%E5%94%90%E4%BD%BFとあるように、臣下ではないので「その国号、承認しかねる」と言われる覚えもないということだちなみに、有名な「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す」の件は遣隋使・小野妹子によって届けられた国書に記されていた当時の隋皇帝煬帝は中国史を代表する暴君であるし、則天武后も中国三大悪女に名を連ねているのでタイミング的には最も悪い時期に当たる
>>289
遣唐使は朝貢を納める使節団なので残念ながら対等の立場とは言えない
なので『承認』というのも十分あり得る話なのだが
しかしながら
>奴国王や邪馬台国の女王卑弥呼、倭の五王が中国王朝の臣下としての冊封を受けていたのに対し、遣唐使の時代には日本の天皇は唐王朝から冊封を受けていない。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A3%E5%94%90%E4%BD%BF
とあるように、臣下ではないので「その国号、承認しかねる」と言われる覚えもないということだ
ちなみに、有名な「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す」の件は遣隋使・小野妹子によって届けられた国書に記されていた
当時の隋皇帝煬帝は中国史を代表する暴君であるし、則天武后も中国三大悪女に名を連ねているのでタイミング的には最も悪い時期に当たる