>>433【千葉大規模停電】*酪農家悲鳴「牛乳、捨てるしかない」…昭和のおじさんは「千葉の女は…」とか言うのやめて千葉停電「牛乳、捨てるしかない」酪農家悲鳴 牛の乳房炎も続出毎日新聞 2019年9月13日 18時50分(最終更新 9月13日 18時57分)https://cdn.mainichi.jp/vol1/2019/09/13/20190913k0000m040193000p/9.jpg乳牛が乳房炎にかからないように、手作業で搾乳をする滝原康司さん。だが、搾った乳は廃棄するしかない=千葉県鴨川市で2019年9月12日、中島章隆撮影 台風15号に伴う大規模停電は、全国有数の生乳産地として知られる千葉県の酪農家に深い爪痕を残している。停電で搾乳機は動かず、牛の健康のためには手作業で乳搾りを続けなければならないが、冷蔵庫も使えないため搾った乳は捨てるしかない。「一刻も早く電気を」。酪農家からは悲痛な声が上がる。https://cdn.mainichi.jp/vol1/2019/09/13/20190913k0000m040194000p/8.jpgトタン屋根が吹き飛んだ滝原康司さんの自宅=千葉県鴨川市で2019年9月12日、中島章隆撮影 第八代将軍・徳川吉宗が輸入した牛が飼育され「酪農発祥の地」と伝わる県南部。3代続く酪農家の滝原康司さん(64)‖鴨川市‖は現在、21頭の乳牛を飼育している。9日未明、1人暮らしの自宅と牛舎を台風が襲った。牛舎は事前に窓を開け放っておいたこともあり、電柱をなぎ倒すほどの猛威を振るった風も通り抜けて倒壊を免れたが、長期に及ぶ停電が誤算だった。 電気なしに牛乳は生産できない。牛舎内のフンを片付けるクリーナー、搾乳機、集めた乳の温度管理……。一方、乳牛は細菌に感染すると乳房炎にかかるため毎日の搾乳が欠かせない。電気が止まってから、滝原さんは手作業で乳搾りを続ける。普段は3時間ほどで終わる作業だが、半日かけても搾れる量は通常の3割ほど。そして停電から4日目の12日、恐れていた事態が発生した。搾乳の量が少ないため、4頭が乳房炎にかかってしまったのだ。 滝原さんは「搾った乳は捨てるしかない。このまま続けば全ての牛が乳房炎にかかってしまう」と声を絞り出した。 滝原さんの隣で酪農を営む松本光正さん(56)は60頭ほどの乳牛を飼う。酪農家としては中規模クラスだ。2011年の東京電力福島第1原発事故後、停電時に備えるため約120万円で発電機を購入。今回が初めての出番となった。おかげで生乳を捨てる事態は避けられているが、発電機を24時間つけっぱなしにしなければならず、燃料の軽油が1日約80リットル消えていく。金額にして1万円ほどだ。その軽油も約6キロ離れたガソリンスタンドに毎日行き、長蛇の列に並んでやっと手に入る。 松本さんは「こんなことなら乳を捨てていた方が経済的かも。早く電気が回復してくれないと酪農は続けられない」と悲鳴を上げる。【中島章隆】 https://mainichi.jp/articles/20190913/k00/00m/040/195000c.amp牛乳を廃棄、豚は暑さで衰弱死…続く停電、畜産業を直撃 牛乳を廃棄、豚は暑さで衰弱死…続く停電、畜産業を直撃有料会員限定記事熊井洋美、高木潔2019年9月13日11時59分 台風15号の影響で長引く停電は、畜産県、千葉の家畜農家も直撃している。搾った牛乳を冷蔵できずに捨てたり、畜舎の換気が十分でなくて豚や鶏が死んだり……。「東日本大震災の時より痛手だ」との悲鳴も上がっている。 「牛たちが心配だ」。千葉市若葉区で酪農を営む飯田光央さん(45)は厳しい表情で語る。 乳牛約55頭を飼い、牛乳を出荷してきたが、9日早朝から12日夜まで電気が止まり、機械を使った搾乳作業などができなくなった。東日本大震災の時は半日ほどで終わった停電が、今回は丸3日以上続いた。 地下水を電動ポンプでくみ上げて使っているため、停電中は断水した。近所の養鶏農家に水を分けてもらって軽トラックで牛舎へ運んだが、人力では運べる量にも限界がある。1頭に毎日60リットル与えていたのが、3分の1程度に減った。 牛たちは一晩中、「メエー、メエー」と苦しそうに鳴いていた。「のどが渇いていたと思う」 10日夕、知人から自家用発電…有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です有料会員になると続きをお読みいただけます残り:1597文字/全文:1996文字 https://www.asahi.com/articles/ASM9D2GQZM9DUDCB001.html
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【千葉大規模停電】*酪農家悲鳴「牛乳、捨てるしかない」…昭和のおじさんは「千葉の女は…」とか言うのやめて
千葉停電「牛乳、捨てるしかない」酪農家悲鳴 牛の乳房炎も続出
毎日新聞 2019年9月13日 18時50分(最終更新 9月13日 18時57分)
https://cdn.mainichi.jp/vol1/2019/09/13/20190913k0000m040193000p/9.jpg
乳牛が乳房炎にかからないように、手作業で搾乳をする滝原康司さん。だが、搾った乳は廃棄するしかない=千葉県鴨川市で2019年9月12日、中島章隆撮影
台風15号に伴う大規模停電は、全国有数の生乳産地として知られる千葉県の酪農家に深い爪痕を残している。停電で搾乳機は動かず、牛の健康のためには手作業で乳搾りを続けなければならないが、冷蔵庫も使えないため搾った乳は捨てるしかない。「一刻も早く電気を」。酪農家からは悲痛な声が上がる。
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トタン屋根が吹き飛んだ滝原康司さんの自宅=千葉県鴨川市で2019年9月12日、中島章隆撮影
第八代将軍・徳川吉宗が輸入した牛が飼育され「酪農発祥の地」と伝わる県南部。3代続く酪農家の滝原康司さん(64)‖鴨川市‖は現在、21頭の乳牛を飼育している。9日未明、1人暮らしの自宅と牛舎を台風が襲った。牛舎は事前に窓を開け放っておいたこともあり、電柱をなぎ倒すほどの猛威を振るった風も通り抜けて倒壊を免れたが、長期に及ぶ停電が誤算だった。
電気なしに牛乳は生産できない。牛舎内のフンを片付けるクリーナー、搾乳機、集めた乳の温度管理……。一方、乳牛は細菌に感染すると乳房炎にかかるため毎日の搾乳が欠かせない。電気が止まってから、滝原さんは手作業で乳搾りを続ける。普段は3時間ほどで終わる作業だが、半日かけても搾れる量は通常の3割ほど。そして停電から4日目の12日、恐れていた事態が発生した。搾乳の量が少ないため、4頭が乳房炎にかかってしまったのだ。
滝原さんは「搾った乳は捨てるしかない。このまま続けば全ての牛が乳房炎にかかってしまう」と声を絞り出した。
滝原さんの隣で酪農を営む松本光正さん(56)は60頭ほどの乳牛を飼う。酪農家としては中規模クラスだ。2011年の東京電力福島第1原発事故後、停電時に備えるため約120万円で発電機を購入。今回が初めての出番となった。おかげで生乳を捨てる事態は避けられているが、発電機を24時間つけっぱなしにしなければならず、燃料の軽油が1日約80リットル消えていく。金額にして1万円ほどだ。その軽油も約6キロ離れたガソリンスタンドに毎日行き、長蛇の列に並んでやっと手に入る。
松本さんは「こんなことなら乳を捨てていた方が経済的かも。早く電気が回復してくれないと酪農は続けられない」と悲鳴を上げる。【中島章隆】
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牛乳を廃棄、豚は暑さで衰弱死…続く停電、畜産業を直撃
牛乳を廃棄、豚は暑さで衰弱死…続く停電、畜産業を直撃
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熊井洋美、高木潔
2019年9月13日11時59分
台風15号の影響で長引く停電は、畜産県、千葉の家畜農家も直撃している。搾った牛乳を冷蔵できずに捨てたり、畜舎の換気が十分でなくて豚や鶏が死んだり……。「東日本大震災の時より痛手だ」との悲鳴も上がっている。
「牛たちが心配だ」。千葉市若葉区で酪農を営む飯田光央さん(45)は厳しい表情で語る。
乳牛約55頭を飼い、牛乳を出荷してきたが、9日早朝から12日夜まで電気が止まり、機械を使った搾乳作業などができなくなった。東日本大震災の時は半日ほどで終わった停電が、今回は丸3日以上続いた。
地下水を電動ポンプでくみ上げて使っているため、停電中は断水した。近所の養鶏農家に水を分けてもらって軽トラックで牛舎へ運んだが、人力では運べる量にも限界がある。1頭に毎日60リットル与えていたのが、3分の1程度に減った。
牛たちは一晩中、「メエー、メエー」と苦しそうに鳴いていた。「のどが渇いていたと思う」
10日夕、知人から自家用発電…
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