****アイドル一曲**** プロウイング掲示板48ch

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1 名無しさん???v 2016/07/04 01:14

このアイドルの代表曲はこの曲!という一曲を挙げていくスレ。

ただし、先に誰かが出したアイドルでも「俺は、このアイドルはこの曲だと思う」アイドル自体の重複はありで。
(以前、他所で果てしない議論と荒らしが繰り広げられたので)
というわけで、重複異論を認めるので、他者の意見への真っ向否定反論は無しに願います。

それでもなお食い下がる人にはこの画像を貼ってあげましょう♪

23 名無しさん???v 2018/01/01 20:42

>>21
掘り出し物見つけた (゚∀゚)
https://www.youtube.com/watch?v=jK7jtMSr4dk

22 名無しさん???v 2018/01/01 20:39
21 名無しさん???v 2018/01/01 20:33

>>20
荻野目 洋子(おぎのめ ようこ、1968年12月10日 - )は、日本の歌手、女優。80年代アイドル。株式会社ライジングプロダクション所属。本名:辻野 洋子(つじの ようこ、旧姓:荻野目)。姉は女優の荻野目慶子。

生い立ち

姉の慶子は熊本県で生まれたが、洋子の生誕までに転居したため、洋子の生誕地は千葉県柏市である。その後、父親の「子供は自然の中で育てる」という方針により埼玉県比企郡嵐山町に移り住んだが、小学校高学年・中学時代は再び千葉県佐倉市で過ごした。中学校では、卓球部に所属した。

劇団ひまわりのオーディションを受ける姉荻野目慶子について行き、そこで歌を歌わされて姉と共に合格、埼玉県の東武東上線武蔵嵐山駅が劇団から遠方である事や経済的理由で劇団には姉一人が通った。父と共に民謡を習っており、「完璧な発声」と言われた[8]。

1977年(昭和52年)公開の映画、『獄門島』に実姉・慶子が子役として出演、その撮影を見学に行ったところ、突如市川昆監督から「出てみない?」と言われて、回想シーン役で映画出演した[9]。

小学生トリオ 「ミルク」時代

小学4年生の頃、テレビ番組、『ちびっこ歌まねベストテン』(東京12チャンネル(現:テレビ東京))に出演していたところをスカウトされて芸能界デビューした。小畑和美(ミミ)、荻野目洋子(ルミ)、大森絹子(クミ)による小学生女子3人のグループ、『ミルク』として、1979年(昭和54年)4月、楽曲 『ザ・あれから いちねん』(CBS・ソニー)でレコードデビューした。『ミルク』は翌年8月、2枚目となるシングルレコード、『リトル・キッス』(ワーナーパイオニア)を発売したが、これを最後に『ミルク』は自然解散となり、彼女の小学生時代の芸能活動も、ここで一旦終了となる。

アイドル歌手としてソロデビュー

その後、中学生時代にキティ・フィルム製作の映画『ションベン・ライダー』のオーディションを受けたのがきっかけで、1983年(昭和58年)にキティ・フィルム製作のフジテレビ系のアニメ『みゆき』のヒロイン若松みゆき役の声優に抜擢された。声優の仕事は、歌手としてのソロデビュー後もアニメ映画『バリバリ伝説』(1987年)のヒロイン伊藤歩惟役や、テレビ『ウゴウゴルーガ』のプラネットちゃんなどを務めた。

『みゆき』終了後、高校生になったばかりの1984年(昭和59年)4月3日、「未来航海-Sailing-」でビクター音楽産業よりソロデビュー。その年の新人賞レースにも多数参戦した。同期歌手デビューには、岡田有希子、菊池桃子、吉川晃司、長山洋子、田中久美、渡辺桂子、宇沙美ゆかり、山本ゆかりなどがいる。その後もシングル・アルバムをリリースし、多くのテレビやイベントなどに出演した。

デビュー当初は大きなヒット曲には恵まれなかったが、デビュー2年目の1985年11月に発売した7枚目のシングル「ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)」が初めてオリコンでトップ10入りし、彼女最大のヒット曲となった。また女優としても、『早春物語』(1986年、TBS)、『赤ちゃんに乾杯!』(1987年、同)などに出演した。さらに、アイドル・タレントとしてテレビのCMやバラエティー番組にも多く出演していた[10]。「ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)」の盆踊り版は1986年、名古屋市を発祥の地として[11]愛知県、岐阜県をはじめとして[12]、各地の盆踊りで採用されている。

歌手としてはダンシングヒーローやコーヒー・ルンバのようなユーロビート調の楽曲が知られるが、1988年(昭和63年)には、アメリカのブラック・コンテンポラリー界の重鎮ナラダ・マイケル・ウォルデンをプロデューサーに迎えてのアルバム『VERGE OF LOVE』を制作するなど、特定の音楽スタイルにとらわれない活動をしていた。1986年(昭和61年)から4年連続で日本レコード大賞の金賞を受賞、またNHK紅白歌合戦に5回出場し、二度の返り咲き出場を経験している。

1989年(平成元年)のフジテレビ『こまらせないで!』などでは、主演を務めて主題歌も歌った。NHKのドラマには、1990年(平成2年)の連続テレビ小説『凛凛と』、1993年(平成5年)のドラマ新銀河『トーキョー国盗り物語』、1995年(平成7年)のドラマ新銀河『名古屋お金物語』などがある。

20 名無しさん???v 2018/01/01 19:25

>>18
【TDC】バブリーダンスPV 登美丘高校ダンス部 Tomioka Dance Club
https://www.youtube.com/watch?v=Lxr9tvYUHcg

日本高校ダンス部選手権・ビッグクラスで大阪府立登美丘が準優勝
https://www.youtube.com/watch?v=MzDfjuX1WwA

日本レコード大賞 荻野目洋子&登美丘高校 ラストダンス
https://www.youtube.com/watch?v=anCfsV4S7sY


?r?f?I?J????[YouTube動画]
19 名無しさん???v 2017/12/23 23:49

早見 優 『夏色のナンシー』

早見優 実はハワイでなく「熱海」生まれと告白
2017.12.23 デイリースポーツ
https://www.daily.co.jp/gossip/2017/12/23/0010843296.shtml

タレント・早見優(51)が23日、日本テレビ系で放送された「有吉大反省会カミングアウト・バトルロイヤル」に出演。ハワイ生まれだと勘違いされだが、実際は「熱海」出身であることをカミングアウトした。

早見は1983年に「夏色のナンシー」で歌手デビュー。ハワイ育ちを前面に押し出した売り出し方でブレークした。当時は“ハワイ”のイメージを保つため、色黒だったが、「ものすっごい頑張って日焼けしてたんですよ」と告白。「ちょっと今、(しみで)後悔してます」と苦笑した。

番組では、ハワイではなく熱海出身であることを「反省」のテーマにされると、早見は「一度もハワイ生まれ、とは言ってない。“ハワイ育ち”って…」と主張。MCの有吉弘行から「これは裏切られましたよ。生粋の詐欺師ですよ」とつっこまれると、「だって、日本のハワイですよ、熱海って」と“苦しい言い訳”で笑っていた。

早見は熱海生まれで、3歳から7歳までグアムで、7歳から14歳までハワイで過ごした。


?r?f?I?J????[YouTube動画]
18 名無しさん???v 2017/11/24 00:56

>>17続き

 親と価値観を共有できるのも、昭和歌謡の持つ力かもしれない。今夏、高校ダンス部の全国大会で大阪府立登美丘高校が荻野目洋子さんのヒット曲「ダンシング・ヒーロー」(85年)で準優勝に輝き、この曲が熱い視線を浴びた。

 新宿の雑居ビルにある「昭和歌謡BAR ヤングマン」を訪ねると、巨大な壁掛けテレビ(65インチ)に次々と70〜80年代のアイドル歌手らの映像が映し出されていた。

 「ファンの集いの場に」と08年、店をオープンさせた岩崎伸二さん(52)は「客層は40〜50代が中心ですが、ここ3年ぐらいで20〜30代のお客さんが徐々に増えてきました」。週末は老若男女でごった返し、往年のナンバーに合わせて大合唱になる。この一体感の源泉はなんだろう。「80年代を振り返ると、今みたいにたくさん娯楽があったわけではないでしょ? こうした中、テレビは娯楽の王道でした。『ザ・ベストテン』『ザ・トップテン』などの歌番組は幅広い世代に親しまれ、認知されていました。元々、世代を超えて楽しめるのが昭和歌謡なのです」

 「昭和歌謡ポップスアルバムガイド」などの著書がある音楽評論家、馬飼野元宏さん(52)は最近のヒット曲の成り立ちと比較しながら、こう指摘する。

 「自らが作り、演奏する『自作自演』が今は主流ですが、70〜80年代は違いました。強い権限を持っていたレコード会社のプロデューサーが最高の作曲家、作詞家を集めて作らせた曲を、歌唱力のある歌手が歌う。つまり、昭和の歌謡曲は『売ること』を究極の目的とした、プロ集団の仕事の結果なのです。だから、大衆の心をつかむ。サビにはインパクト、歌詞には言葉の力があり、アレンジ(編曲)が良いのも特徴です」

 インターネットが普及し、聴こうと思えば世界中の音楽に接することができるようになった。馬飼野さんは言う。「現代の10〜20代は幼い頃から多様な音楽にふれ、耳が肥えている。だから『古い』『格好悪い』と思えば見向きもしない。昭和歌謡はそんな彼らにも選ばれる力を備えているのです」

 1台のテレビを囲み、家族が同じ番組を楽しんだ昭和という時代。そこで生み出された大衆音楽が、時代を超えて歌い継がれようとしている。

配信11/20(月) 14:37
毎日新聞
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171120-00000046-mai-soci

劇団「虎姫一座」のショー。キャンディーズの「春一番」では観客も振り付けをともに楽しんだ=東京都台東区のアミューズカフェシアターで2017年11月11日

17 名無しさん???v 2017/11/24 00:55

昭和歌謡が熱い!「春一番」「シルエット・ロマンス」…10〜20代も夢中に 「歌詞の力が圧倒的」

 ◇「春一番」「シルエット・ロマンス」…「歌詞の力が圧倒的」

 1970〜80年代の「昭和歌謡」が脚光を浴びている。青春を懐かしむ中高年のブームと思いきや、10〜20代までが、その世界観に夢中のようなのだ。平成の世となって29年。あらゆる娯楽に満ちたこの時代に、なぜ昭和歌謡にひかれるのか?【鈴木美穂】

東京・浅草の「アミューズ カフェシアター」。週末の夜に訪れると、定員80人の店内はほぼ満席だった。ここは、昭和歌謡をモチーフに歌ったり踊ったりするレビュー劇団「虎姫一座」の拠点だ。2010年12月、「古き良き昭和歌謡のリバイバル」をコンセプトに結成されて以来、公演は2900回を超す。この夜の演目は、70年代の人気グループ「キャンディーズ」のヒット曲でつづる「70年代の奇跡 『微笑(ほほえみ)がえし』」。中高年の男性らに交じり、20代とおぼしき若者の姿も目立つ。

 一座は、70年代のアイドルをほうふつとさせるブルーのワンピースをまとって登場。「一緒に歌いましょう!」。笑顔で呼びかけると、大きな歓声がわき起こった。76年のヒット曲「春一番」では、観客も見よう見まねで振り付けを楽しみ、「♪もうすぐ春ですね」は大合唱に。会場は一つになった。

 約1時間半のショーでは「ハートのエースが出てこない」「年下の男の子」などを迫力たっぷりに聴かせたかと思えば、昭和コントのコーナーも。かっぽう着姿のお母さん、半ズボン姿の男の子らがちゃぶ台を囲むシーンは、昭和にタイムスリップしたかのようだ。

 月に1〜2回、足を運ぶというウェブデザイナーの女性(29)は「高校生の時から昭和歌謡を聴いています。好きな曲? 堀江淳さんの『メモリーグラス』とか」。女性に連れられて来店した男性(34)も満足げだ。「キャンディーズをもっと聴きたくなりました。振り付けもメロディーも覚えやすい」

 17〜34歳の男女13人で構成する虎姫一座。キャプテンの「なお」さん(29)は創立メンバーの一人だ。公演後、これまでの道のりをしみじみと振り返った。「結成当初、客席を見渡すとがらがらで、お客様より出演者が多い時もありました」。だが、数年前から昭和の良さを見直す動きも出てきた。「当初は60〜70代が中心でしたが、年齢の幅が広がり、20〜30代の人が増えてきました」。なおさんは背景をこう考える。「若い人は昭和歌謡を『新譜』として聴いているのでは。私も虎姫一座に入る前は洋楽やヒップホップを聴いていましたが、昭和のメロディーや歌詞の良さを知ると、そればかり聴くようになりました。スターがスターらしい時代でもあった昭和そのものにも魅力を感じます」

 東京都内のカラオケボックスなどにも足を運び、若い人たちの生の声を聞いてみると、昭和歌謡への「愛」を熱く語ること−−。

 大学3年の女性(21)は「歌詞の力が圧倒的に違う! メロディーもきれいだから聴き入ってしまいます」。持ち歌は徳永英明さんの「レイニーブルー」など80年代のバラード。「最近は『昭和好き』だけを集めてカラオケに行きます。今の歌でみんなが盛り上がっている場で浮くのは困るので」。高校3年の女性(18)は「昭和歌謡は私にとって『メジャー』です」。

 カラオケボックスでは、こんな場面に遭遇した。ガラス越しに見える室内には20代らしき男女が3人。だが、廊下に漏れ出る歌声は70〜80年代の歌謡曲ばかりだ。トイレで会った大学4年の女性(22)に聞いた。なぜ昭和歌謡?

 この3人は中学時代の同級生。毎月、2時間ほど「昭和縛り」で楽しむ。彼女の十八番は大橋純子さんの「シルエット・ロマンス」だ。両親の影響で聴き始め、「歌詞やメロディーなど、大人のムードたっぷりの世界観にひたれるのが魅力ですね。失恋で落ち込んだ時は断然、昭和の歌! 歌詞が心に染みます」。そう聞いて合点がいった。昭和歌謡の詞には失恋や恋人の死など、人生に寄り添うものが多い。その普遍性に、若い世代が共感しているのでは、と。

続く

16 名無しさん???v 2017/11/10 22:49

>>4

76 名前: 風吹けば名無し 投稿日: 2017/10/21(土) 20:36:49.57 ID:iX3nj6Yq0
こうやぞ

中 飾りじゃないのよ涙は
二 セカンドラブ
遊 ミアモーレ
一 DESIRE
指 スローモーション
三 禁区
右 北ウイング
左 サザンウインド
捕 難破船
投 少女A

抑え 十戒
代打の切り札 1/2の神話

15 名無しさん???v 2017/11/01 22:45
14 名無しさん???v 2017/11/01 22:44
13 名無しさん???v 2017/06/11 14:18
12 名無しさん???v 2017/06/11 14:17

久保田 早紀 / 異邦人
https://www.youtube.com/watch?v=hqWhSRErwwQ

母親の意向で、4歳からクラシックピアノを習い始めた。本人はそれほど熱中できず、小学校高学年になると、日本のフォークソングや歌謡曲、ビートルズなどを好んで聴き演奏するようになり、中学生になると、母の許可を得てレッスンに通うのをやめる。

中学校の同級生男子3人組が、当時人気だった「ガロ」のコピーバンドを始めると、キーボード担当として誘われ、文化祭などで演奏を披露した。

松任谷由実や矢野顕子に憧れ、自作の曲を書き溜めていた[2]。当時、父親が仕事でイランに赴いており、現地で人気の女性アーティストのカセットテープをよく買って来てくれていた。中近東独特のそれらの音楽を聴いていたことが、異国情緒をともなう音楽性を養うことにつながった[3]。

共立女子第二中学校・高等学校を経て、共立女子短期大学文学科に入学。在学中の1978年、ミス・セブンティーンコンテストに応募する条件として、CBSソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)に自分の歌を録音したカセットテープを送り、一次審査に合格する(同大会には松田聖子も参加していた)。なお本人は『ミス・セブンティーンコンテスト』は主にアイドル対象のオーディションとは知らず、人前で歌う勇気が無かったことから、レコード会社の人に聴いてもらえればという目的で応募したという。なお、二次の水着審査は固辞したが、その代わりとして東京・六本木のCBSソニースタジオで弾き語りを披露することになり、そこでディレクターの金子文枝に出会う[2]。

金子の指導の下、デビューを目指し、当時八王子市にあった実家から、23区内の短大とCBSソニーに通う日々を送る。中央線に乗車中、曲や詞を考えることが多く、のちのデビュー曲『異邦人』は八王子付近で作ったとコメントしている[2]。

金子からは「自分としての曲や詞を見つけていこう」と言われており、自分には何が有るかと思い返したところ、父からもらったイランのアーティストの音楽テープを思い出し、また金子から「ポルトガルの演歌とも呼ばれるファドの世界が合うと思う」と勧められ、ファド歌手のアマリア・ロドリゲスの歌を聴くようになった[2]。

1979年に短大を卒業すると、その年のうちに三洋電機がタイアップに付いてデビューが決まる。

デビュー曲の候補には『白い朝』、『夢飛行[4]』、『25時[5]』の3曲があり、『白い朝』はゆったりとした感じの曲だった。三洋電機の意向により『白い朝』に決定した後、CM映像がアフガニスタンで撮影されたことや、当時流行していたエーゲ海・地中海などの異国情緒などが意識されて、歌詞・曲ともに大幅なアレンジが施された。そして最終的に、音楽プロデューサー・酒井政利の判断で『異邦人』と改題され、「久保田早紀」のアーティスト名で、1979年10月1日にレコードデビューした[2]。なお、『異邦人』には「シルクロードのテーマ」というサブタイトルが付されている。

タイアップされたカラーテレビのCMが放送されるにつれ、そのオリエンタルで神秘的な曲調や歌声に注目が集まり、じわじわと売り上げを伸ばしてブレイク。12月13日に、「ザ・ベストテン」に第5位で初登場した際にはその美貌にも注目が集まる。12月27日には第1位を獲得、1980年1月17日まで3週間連続(正月休みを挟み実質4週)で1位の座に留まり、その後3月6日まで12週の長きにわたり連続ベストテン入りする大ヒットとなった。同年12月に発表したファーストアルバム『夢がたり』もヒットし、一躍話題のニューミュージック歌手となる。

11 名無しさん???v 2017/02/26 17:03

代表曲:蒼いうさぎ
といきたいとこだけど
やっぱりこっち

酒井法子 - Active Heart 「アクティブ・ハート」
https://www.youtube.com/watch?v=xO_2isD-yu8
https://www.youtube.com/watch?v=0t7ei3wth-A

【OP】【トップをねらえ!-GunBuster-】 アクティブ・ハート(酒井法子)
https://www.youtube.com/watch?v=WE5c7_5mLvI

10 名無しさん???v 2017/02/20 22:19
9 名無しさん???v 2017/02/19 14:42
8 名無しさん???v 2017/02/19 14:42
7 名無しさん???v 2017/02/19 14:41
6 名無しさん???v 2017/02/19 14:34

岡田有希子 『くちびるNetwork』
1986年1月、松田聖子作詞・坂本龍一作曲の『くちびるNetWork』でオリコン1位を獲得。
リリース 1986年1月29日、8枚目のシングル。
カネボウ化粧品「レディ80BIO カラーネットワーク」「86年春のバザール」CMソング。
https://www.youtube.com/watch?v=VxoCLokOyOc
https://www.youtube.com/watch?v=0YUurIJTyp4

5 名無しさん???v 2016/10/09 15:55

菊池桃子-アイドルを探せ

BOYのテーマとたまに混同する


?r?f?I?J????[YouTube動画]
4 名無しさん???v 2016/10/04 12:26

中森 明菜『禁区』
https://youtu.be/YEOd8CaPOos

元祖歌姫ゴシック系アイドル♪

3 名無しさん???v 2016/07/25 20:54

石川ひとみ 『まちぶせ』
https://www.youtube.com/watch?v=og3-Z3ysjfc
さすがにこれは鉄板だろ

「まちぶせ」は、荒井由実(現:松任谷由実)が作詞・作曲した楽曲。編曲は松任谷正隆による。三木聖子への提供曲として作られ、1976年にシングルが発売された。のち、1981年に石川ひとみのカバーシングルが発売され、石川の最大のヒット曲となった。さらに、荒井由実本人によるカバーシングルが1996年に発売されており、他にも多くの歌手によって唄われている。

三木聖子・まちぶせ
https://www.youtube.com/watch?v=TwKbxwnj8kk


?r?f?I?J????[YouTube動画]
2 名無しさん???v 2016/07/05 22:09

小泉今日子/スターダスト・メモリー

https://www.youtube.com/watch?v=j205OGKlqhk
アイドルの曲はすぐに削除されるけど、とりあえずyoutube置いてく

*前 ??
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